竹田寛行監督(御所実業)の経歴やラグビー経験や実績は?高校大学は?

こんにちは!

今回は、奈良県立御所実業高校ラグビー部の竹田寛行監督について見ていきたいと思います。

竹田寛行監督はチームを全国レベルに引き上げた熱血監督です。

竹田監督はどのような監督さんなのでしょうか?プロフィールや経歴が気になりますね!

出身高校や大学、学生時代のラグビー経験や実績も気になったのでまとめました。

是非ご覧ください♪

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竹田寛行監督のプロフィール

竹田寛行監督 プロフィール

画像引用元:https://rugby-rp.com/column.asp?idx=107051&code_s=10061011

まずは、竹田寛行監督のプロフィールから見ていきましょう!

名前:竹田 寛行(たけだ ひろゆき)

生年月日:1960年

年齢:58歳

出身地:徳島県

奈良県立御所実業高校ラグビー部監督

竹田寛行監督は奈良県立御所実業高校ラグビー部の監督です。

就任当時は部員わずか2名だったチームを全国レベルにまでに鍛え上げた名監督です。

「部員2名からの全国」、なんかドラマのようなストーリーですね♪竹田寛行監督は2018年12月放送のTBS『バース・デイ』にも取り上げられました。

目力が強くて熱さが伝わってきます。

御所実業高校は全国花園大会で準優勝3回を誇り、2018年の国体で優勝を果たす強豪校になりました。

高校野球でも2018年夏の甲子園で部員わずか5名、10年連続で初戦敗退の弱小校が数年で甲子園に出場した高校が注目されていました。

やはり、こういう高校って自然と応援したくなりますよね~(^^♪

竹田寛行監督は2018年でちょうど赴任30周年になりました。

御所実業高校は今となってはラグビー強豪校ですが、それは竹田寛行監督の30年間の努力があったからです。

御所実業高校がある奈良県には天理高校がいます。

天理高校は全国大会出場62回、全国制覇を6回、準優勝7回を果たす強豪校です。

これまで決勝で何度も天理高校と当たっており、御所実業高校に立ちふさがる大きな壁となっていました。

竹田寛行監督は言います。

「ウチが強いのは天理が素晴らしいから。全国に出るためには毎年それを超えんといかん」

奈良県で最も人口が少ない御所市。国から過疎地域にも指定されている御所市にある全国レベルの御所実業高校がこの地域にあるというのも地位活性化に一役買っています。

御所実業高校は地域と一体になって戦っています。

御所実業高校ラグビー部の成績

御所実業高校ラグビー部 成績

御所実業高校ラグビー部の成績は以下の通りです。

全国花園大会出場 11回
(第75回、第77回、第83回、第88回、第89回、第90回、第91回、第92回、第94回、第96回、第97回)
準優勝 3回 3位 2回 ベスト8 1回 ベスト16 1回

全国選抜大会出場 6回
(第9回、第10回、第13回、第14回、第17回、第19回)
準優勝 1回 3位 1回 ベスト8 3回

近畿大会
出場29回 準優勝 2回 3位 3回

国民体育大会 優勝 2回
岩手国体 奈良県 優勝  福井国体 奈良県 優勝

サニックスワールドユース予選会
出場 5回 優勝 1回 準優勝 1回 3位 2回 4位 1回

サニックスワールドユース大会
出場 6回 5位 1回 7位 1回 8位 1回 9位 2回 13位 1回

全国高校セブンスラグビー選手権大会
出場2回 3位 1回 ベスト8 1回

アシックスカップ全国高校セブンス大会(第1回、第2回、第3回、第4回)
出場 5回 準優勝 1回

出典:https://goserugby.wordpress.com/about/

ラグビー部は1948年に創部されました。

これまで全国大会の舞台となる花園へは11回出場しています。準優勝が3回、ベスト8が1回、ベスト16が1回という成績を残しています。

高校は2009年に御所工業高校から御所実業高校へ統合再編されています。

御所実業高校の歴史=竹田寛行監督といっても過言ではないでしょう。

竹田監督は、部員のために身銭を切って自宅の2階を寮に改造しています。

食事は妻の光代さんが毎日作っています。

こんなことまでする監督っていないですよね!熱意が伝わってきます。

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竹田寛行監督の出身高校や大学!ラグビー経験は?

竹田寛行監督 出身高校や大学

竹田寛行監督の出身高校や大学について見ていきたいと思います。

出身高校は徳島県立脇町高校、出身大学は天理大学です。

竹田監督は脇町高校でラグビーを始めています。ポジションはナンバーエイトです。

ナンバーエイトはフォワードの中でも華のあるポジションで攻撃、守備両方で中心となる重要なポジションです。

大学卒業後、奈良県の体育教員となり1989年に御所実業高校(当時は御所工業高校)に赴任しました。

竹田寛行監督の経歴

竹田寛行監督 経歴

1989年に御所実業高校に来た時のラグビー部はわずか2人しかいませんでした。部室にはゴム製の球が2~3個あるだけという状況でした。

これでは何もできないのでまずは部員集めから始めました。体格の良い生徒に声をかけては勧誘しました。

部員を集め、全国大会の大舞台・花園を目指す挑戦が始まりました。

しかし、いきなり試練が!翌年に2年生の部員が練習試合中に頸椎損傷を負い、2か月後に亡くなってしまいます。

一時活動を休止し教員を辞める決意もしたが、死亡した両親からは「息子のために監督を続けてほしい」と言われ、部員からの「花園へ連れていく約束をしたじゃないか」という訴えに応えるために指導を継続しました。

花園への道は簡単ではなく、出場には強敵天理高校に勝利する必要がありました。

竹田寛行監督の指導はさらに熱が入り、部員も厳しい練習についてきました。

そして赴任から6年後の1995年、ついに夢の花園に初出場を果たしました。

それ以降、花園出場は11回、準優勝3回という輝かしい実績を残しています。

残るは花園優勝ですね。

決勝には過去3回出場していますが、

2008年度 第88回 15-24常翔啓光学園

2012年度 第92回 14-17常翔学園

2014年度 第94回 5-57東福岡高校

と惜しくも敗れ、優勝まであと一歩のところまで来ています。

まとめ

今回は、奈良県立御所実業高校ラグビー部の竹田寛行監督についてまとめました。

部員2人からわずか6年で花園まで導いた指導力は本物ですね!

家族や地域の人に支えられながら頂点を目指しています。

ラグビーだけではなく、感謝する心など人間性も指導していることが印象的でした。

毎年7月には「御所ラグビーフェスティバル」を開催してラグビーで地域を元気にしています。

御所実業高校のレジェンド監督の挑戦は今後も注目して見ていきたいと思いました。

以上、最後までご覧いただきありがとうございました!

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